循環型マテリアルの開発に挑む。「立体木摺土壁」の開発ストーリー

淺沼組が推進するリニューアル事業「ReQulaity」のフラッグシッププロジェクトとして、環境配慮型リニューアルを実現させた名古屋支店 GOOD CYCLE BUILDING 001が竣工して3年が経過しました。リニューアルのみならず、新築においても環境配慮型の建設にどのように取り組むかは、建設業界全体が直面する課題です。その課題に向け、淺沼組の技術研究所では材料研究の視点から、循環型のマテリアルの開発に力を注いでいます。
その一環として誕生したのが、土と木を積層し、自然素材のみでつくられた「立体木摺土壁」です。今回は、開発を手がけた技術研所長の山﨑順二と、建築材料研究グループの福原ほの花に、開発経緯や土という素材の可能性について聞きました。

ーまずは、「立体木摺土壁」のお話に進む前に、淺沼組がどのような経緯で土という素材に着目し、建材開発を進めることになったのか、これまでの取り組みについて教えてください。

山﨑

名古屋支店の改修プロジェクトが立ち上がった際、躯体を活用しながら、新たに加える素材はできるだけ自然素材を使うというコンセプトが組み立てられました。そのなかで、プロジェクトのリーダーであり、当時の技術研究所長だった石原から「土を使ってみてはどうか」と声がかかりました。

技術研究所所長 山﨑順二

山﨑

私はコンクリートを専門としてきたため、建材として土を扱ったことはありませんでした。ただ、東京理科大学の博士課程に在籍していた際、「版築のブロック」を耐震補強に活用できないかという構造実験を目にしたことがあります。その当時、土を固めるためにセメントを混ぜていましたが、私は「セメントを使わないつくり方はないのか」と考えていました。セメントは時間が経つと炭酸カルシウムが出てきて白くなってしまう。劣化していく時に美しくはないだろうと思い、自然素材のみでできないのかと考えるようになりました。

そこで、名古屋支店改修プロジェクトでは、「自然素材に人工素材を混ぜず、最終的に土に還る建築を目指す」というコンセプトのもと、セメントを使用せずに自然素材だけでつくるブロックの開発を進めました。そして完成したのが「還土ブロック」です。

版築 土を突き固めて、層状に積層させる工法のこと

還土ブロック Photo by Tomohiro Saruyama

ーセメントを入れなくても、強度を保つものがつくれたということですね?

山﨑

はい。版築というのは日本古来の工法で、古くは、法隆寺の塀が1300年ほど前につくられたものですが、その当時セメントはなかった。それでも、立派に立ち続けています。何か他に、セメントに変わる材料があるだろうと考え、土や砂の調合を工夫し、そこに環境に負荷がかからないマグネシウム系の土壌硬化材を入れることで、強度的にも問題のないものをつくることができました。

法隆寺の版築壁
還土ブロック。施工しやすいように、人の手で運べるサイズのブロック(およそ20kg)を考案
安全性を考え、鉄筋をとおしている
名古屋支店1階会議室の界壁 Photo By Jyunpei Suzuki

山﨑

さらに、せっかくならブロックだけでなく、実際の版築壁もつくりたいと考えました。しかし、土は重量があるため、建物内に大量の土を取り入れ、その場で突き固めていくことは通常難しい。ただ、ちょうど名古屋支店の2階部分に、鉄骨の梁が通っており、床の補強の必要がない箇所がありました。その梁を活用し、25cmの厚みになるように下地をつくり、壁面には金物を埋め込む工夫を加えて施工しました。

名古屋支店2階 版築壁 Photo By Jyunpei Suzuki

ー土を取り入れたことで、どのような手応えを感じましたか?

山﨑

名古屋支店で土を扱う前までは、正直、土という素材に特別な意識を持っていませんでしたが、実際に土を取り入れる経験を通じて、自然と土が使われている場所に目を向けるようになりました。たとえば、和食のレストランや高級店などでは土のアートや内装が多く見られますが、建築構造物に取り込む事例はまだ少ないと感じています。そのため、内覧に来る方々にも、ここまで大々的に土を活用した事例として非常に興味を持っていただいています。

また、土には微生物が含まれており、土自体が「呼吸」することで空気環境も改善されるなど、人に良い影響を与える可能性がある。健康面での効果が期待できる点も、土を使う大きな魅力です。さらに、美観性があり、自然光が当たることで生まれる陰影や、時間によって変化を楽しめること、年月を経て移り変わる風合いなど、土を空間に取り入れることで安心感や心の落ち着きを与えてくれるように感じています。

ー名古屋支店のその後、新たに生まれた土の建材についての経緯を教えてください。

山﨑

2024年2月にオープンした豊洲市場に隣接する千客万来施設内の「芋松」という店舗内装で「土を積層した壁をつくりたい」というご相談をいただいたことが、新たな展開のきっかけとなりました。このプロジェクトの設計者である木野内剛さん(日本設計所属)は、名古屋支店の内覧にお越しいただいた際、土の使い方に非常に共感してくださいました。
木野内さんは、カーボンニュートラルの観点から、土壁が低炭素な素材であることに注目し、可能性を高く評価されていました。そこで、研究所のメンバーであり、大学院時代に土の研究に取り組んでいた経歴を持つ福原と共に、プロジェクトチームを組みました。

技術研究所 建築材料研究グループ 福原ほのか

福原

私が技術研究所に入社したきっかけは、名古屋支店のプロジェクトを知ったことでした。大学院では、建築工法や材料を専門とする研究室で、主に土や左官に関する研究に取り組んでいました。学生時代、登山を始めたことがきっかけで、広大な自然を目の前にしたとき、「私たちは地球の資源を借りて生きている」という思いが芽生え、自然と都市の中間的な何かに携わりたい、そして環境にも恩返しをしたいと考えるようになりました。そのようなタイミングで、土を材料として研究する先生と出会い、研究室に入ることを決めました。
人は何千年もの間、土を建築材料として住まいや街をつくり続けてきた歴史があります。フランスの土の研究所、「CRAterre(クラテール)」では、世界の土壁の工法を12種類に分類しています。そのなかで、日本で見られるのは「練り土積み」「団子積み」「左官工法」「日干し煉瓦」「土ブロック積み」「版築」の6つ。日本各地には、土を積み上げてつくられた小屋が100年以上前から野晒しの状態で今も使われているものが多くあります。私は、その土地ごとに使われている土の粒度を調べ、材料の成形方法を研究していました。

技術研究所内に、土壁工法に関する研究や検討プロセスを展示

ー「芋松」の店舗内装材として開発された「立体木摺土壁」も、学生時代の研究を活かして開発を進めたのですね。

福原

そうですね。これまでは研究に取り組むことが中心でしたが、今回は開発から実装まで携わるという初めての経験でした。

千客万来2階「芋松」店舗 Photo By Noriyuki Yano

ー「立体木摺土壁」はどのように形づくられたのでしょうか?

福原

事業主である芋松さんは、豊洲市場内で野菜の仲卸を行う会社で、初の店舗出店となります。設計者の木野内さんは、「土を積層させたような壁をつくりたい」というイメージをお持ちでした。木野内さんの意図を受け、産地の風土や積み重ねられる歴史を感じてもらうよう、「芋松で販売する青果を育んだ畑の土が使えないか」という提案を行い、これを面白がってくださった木野内さんや事業主、淺沼組の営業メンバーと共に畑へ行き、実際に土を採取。その土を技術研究所に持ち帰って土質試験を実施しました。

さらに、野菜の運搬時に緩衝材として使われるの「おがくず」が廃棄されていると聞き、技術研究所でそれを活用する方法を模索しました。

(左手前から)山﨑、畑を所有する農家の石井雅浩さん、事業主「芋松」の伊藤芳光さん、木野内剛さん(左後ろから)境洋一郎さ(KSAG)、淺沼組営業 景山、淺沼組営業 畠山、設計協力者の萱沼宏記さん、福原

福原

名古屋支店で使われた建設発生土や、一般的な土壌は、粘土分が少なく比較的扱いやすいのですが、畑の土は肥料や有機物が含まれており、粒子が細かく粘性が高い傾向があります。その土単体では乾燥後の収縮が大きくなり、ひび割れの原因となってしまう。そこで、砂を混ぜ合わせて収縮を抑える工夫をし、土壌硬化材を加えるなど成分調整の試験を重ねました。また、土には、藁スサや前述の「おがくず」も混ぜることで軽量化を図り、施工をしやすさを向上させました。壁の構造については、「版築」工法では重量が増すため、「日干し煉瓦工法」を採用しました。

材料におがくずをまぜ、野菜の運搬用の緩衝材として廃棄されてしまう材料を有効活用
おがくずと廃プラスチックを組み合わせて固めた天板を開発し、商品陳列用の棚として設置
おがくずをリユースした天板を取り付けた商品陳列用の棚(左)

ーさまざまな工法があるなかで、なぜ日干し煉瓦工法を選んだのでしょうか?

福原

日干し煉瓦は、土を型枠に入れて固めるだけなので、誰でも簡単に、短時間でつくることができます。また、焼成して煉瓦にする場合、強度的にはかなり高くなりますが、焼いてしまうとCO2が発生し、さらに土に還せなくなります。 私自身「土に人工物が入ったとき、それはもはや土でなくなってしまう」という考えを持っています。設計者と淺沼組の共通の想いとしては、いずれ、土に還せるものをつくること。「畑に還せるものをつくりましょう」ということで意見が一致し、それには日干し煉瓦工法が最適だと考えました。

ー環境配慮・循環型というコンセプトから、材料・形状を生み出されたのですね。さらに木と土を積層している点が特徴的ですが、これにはどのような意図があるのでしょうか?

福原

木野内さんからは、積層させるピースの厚みを薄くした「スレンダーなプロポーション」を求められたため、土と木を重ね合わせるというアイデアを提案しました。また、土に荷重を負担させないように木材だけで自立可能な構造を考えました。これにより、木材を主構造とすることで施工性が向上し、作業の効率も上がります。土は木の上に載っている状態で、施工の際には木をビスで固定しながら積み上げていきます。この方法により、高さ2メートルの壁を5.5時間で完成させることができました。

ー「立体木摺土壁」という名前の由来はどのように決まったのでしょうか?

福原

これは山﨑所長によるネーミングなんです。笑

山﨑

土壁の下地には、日本の伝統的な「木摺(きずり)」というのがありまして、小幅の杉板が用いられます。この技術を応用して、木摺を90度前に倒して立体的に組み、その上に土を詰めたのが「立体木摺土壁」です。日本の伝統技術を現代にアレンジした形となっています。

名古屋支店の施工途中。壁に下地材の木摺を貼り、上から漆喰を塗り、土を重ねる Photo By Jyunpei Suzuki

ー色味はどのように出されたのですか?

福原

木野内さんからは「洞窟のなかにいるようなイメージ」を求められ、にかわ墨汁を混ぜて色味を検討しました。最終的に濃淡を4段階に分けた配色で自然の風合いを表現し、土の質感や奥行きを引き出す工夫をしました。その結果、野菜の彩りが映える空間に仕上がりました。

福原

また、芋松店舗完成後には、「JAPAN SHOP」という展示会に出展し、形状や色彩のバリエーションを広げた展示を行いました。

2024年3月に開催されたJAPAN SHOPでの展示ブース Photo By Tomohiro Saruyama
還土ブロックの形状や色味にバリエーションをつくり、紹介
立体木摺土壁に水溶性の絵の具を混ぜ、青い土壁の積層を表現

ー展示会での反響はいかがでしたか?

福原

「JAPAN SHOP」では技術研究所が主体となり準備を進め、ブースで直接説明を行いました。技術職のメンバーが直接お客様と接する機会を持てたことは非常に貴重なこと。訪れたデザイナーの方々の意見を直接聞くことで、私自身にも新しい視点やアイデアが生まれ、非常に刺激的でした。また、営業だけではなく、技術研究所のメンバーも主体的に取り組むことで、チーム全体が一体感を持ち、みんなのモチベーションが上がったように感じます。
また、実際に見て、触れていただくことで、「土でこれだけのことができる」というアピールになったのではないかと思います。また、実際に、「不燃材ではできないのか」という質問を多くいただいたので、この反応を受け、木材を不燃材に換えて開発中です。

JAPAN SHOP 会場風景 Photo By Tomohiro Saruyama

ー改めて伝えたい、土の魅力はなんでしょうか?

福原

土は「earth」と呼ばれ、「地球」という意味を持ちます。土は地球にしかないもの。そして、人間は土から離れては生きていけません。そのため、土を大切に使い、「土に還す」という循環の考え方は、これからの建築やデザインにおいても重要なテーマであり、私たちの開発でも大切にしていきたいと思っています。
また、「土着」という言葉があるとおり、昔からその土地の土の色合いや質感が、建築に活かされてきました。土と建物が同じ色でつながっている、日本のかつての風景はそうでした。それが現代では、人は土と隔離され、土が表れているところも少なくなってしまいました。それを、建築や空間のなかに土を取り入れることで、少しずつそうした風景を取り戻せたらと思っています。

山﨑

コンクリートを専門としてきた私にとって、土はコンクリートより繊細で、扱いが難しい素材。ただし、空間環境の改善など機能的な面も多くあり、それをうまく建材として生かすことができると良いなと考えています。コンクリートにはない、付加価値をつけることが土にはできる。身近にありながら、十分に活用されていない面白い材料だと思っています。自然素材の、土、石、木のなかでも土は変化が激しく、安定したものをつくることが難しい。そこをいかに人がうまく活用できるかに取り組んでいきたいと思います

ー最後に、これからの展開や挑戦しようとすることを聞かせてください。

福原

現在、研究所では、産地ごとの性能の違いについて調査を進めています。具体的には、淺沼組が携わる現場から出た建設発生土を集め、土の強度や収縮率などの物性がどのように変化するのかを分析しています。また、工法においても、版築や日干し煉瓦に加え、3Dプリンターを用いた新しい成形技術なども検討しています。安定性・生産性の向上を目指し、土の乾式化によって施工性を高め、土をより取り入れやすくする下地をつくりたいと考えています。
ただ、同時に、左官職人の伝統技術を守ることも非常に重要だと感じています。伝統的な塗り壁も残しながら、職人との交流を通して土の性質や資源について理解を深めていきたい。 そして最終的には、土を使う際に、「つくり方の違いで性能がどのように違うか」「こういう土であれば、この工法が適している」と言えるようなメニューをつくり、土の可能性を最大限引き出せる提案につなげていきたいと思っています。

技術研究所では、開発した建材を展示。淺沼組の携わる全国の現場から採取した建設発生土は、土地ごとに多様な色彩を持つ

山﨑

土の活用方法は、プロダクト化を含めて進めている段階です。実装しているとはいえ実験段階で、プロダクト製品としての品質向上や、実際に建物に展開するための安定化・規格化を進めています。名古屋支店改修後には、「GOOD CYCLE DESIGN」という新しいグループを立ち上げ、設計案件に土を提案できる機会を増やしていきたいと考えています。技術研究所の立ち位置としては、技術営業に入っていけるよう、現場に役立つ技術を社内で展開していくことが必要だと感じています。 環境配慮の観点では、コンクリートに関する開発は進んでいますが、土はまだ未開の域。自然素材である土を活用することで、エンボディドカーボンの削減にも貢献し、建設時のCO2を抑えることが可能です。環境に優しい建材はニーズが高いだけでなく、その先にある空間改善効果も期待できる。土壁が空間に与えられる効果を定量的に測定できるよう研究を進め、健康への影響についてもしっかりと提示できるようにしたいと思っております。

text , edit & photos Michiko Sato

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