土という素材で、日本の風土の色を取り戻す。左官職人 久住有生親方インタビュー
淺沼組名古屋支店改修工事では、自然素材を用いたサステナブルなリニューアルを実現。淺沼組の携わる愛知県の現場の建設残土を使用し、オフィスを利用する社員自らが建設に参加するため、土壁を塗るワークショップを実施しました。
今回は、名古屋支店改修工事で土壁の監修を担当していただいた久住有生さんに土を現代建築に取り入れることについて、想いを聞きました。
ものづくりの根本は、人間が思いをこめてつくるところにある
ー淺沼組名古屋支店の改修工事に参加され、オフィスの全面に土壁を塗ることや社員が参加するワークショップをご覧になって、どのように感じられましたか?
まず、お話をいただいた時に、「ゼネコンがやる」というところで、大きな驚きがありました。
左官で土壁をつくることは、現場で管理しにくいという問題があります。
これまで建設現場は工期短縮のために乾式工法(※1)の流れとなり、人の技能によって質が変わる左官は時代から排除されるようになってきたのが現実です。まだメーカーがつくったもので仕様書があり、管理できるところならば左官が入る余地はありますが、完全に自然素材となると、職人の技量に頼らざるを得ないところがあるので、強度の問題や、土が落ちるのではないかという過剰な心配で使われづらくなってきてしまいました。
身近な土を使う。今回のように建設残土を使うということも、普通ならば職人から提案しても通らないところを、ゼネコンから進んで行うということに正直な驚きと、そして現場が仲良くやっている様子を見て、率直にすごく良いことが行われていると思いました。
(※1 乾式工法とは、水を使わないで工場などでつくられた工業製品を、建設現場で取り付けて仕上げる工法のこと。)
ほとんどの建設現場が分業化され、工期に追われながら必死に建物をつくるということが行われていて、いつの間にか日本のものづくりに「建築のおおらかさ」みたいなものが失われているところがある。工期に追われているため、人間が追われてものをつくる。社会の流れがそうなってしまったところに、表面的によく見えるものをつくることを目指すようになってしまいました。
昔のものには、精度が良くなくても人が思いをもってつくり、使っているものには、良いなと感じるものがあります。思いが乗らないだけで、ものは物質になってしまう。
ものが残るということは、強度が強いか弱いかではなく、硬い柔らかいではなく、人が大事にするかどうかでものが残っていきます。
産業廃棄物になるようなものでも、人の手が加わることで良いものとなり、傷んでも修理しようとなる。つくることに、楽しみが生まれます。
この現場を見て、自然素材を使っていることももちろん素晴らしいけれど、みんなが思いを込めて楽しそうにものづくりをしている。そこが一番大事なことかなと思いますし、気持ちよさを感じます。
風土の色を取り戻す
ー今回は、左官の職人だけではなく、全く鏝(コテ)を握ったことがない人たちがつくる工程に参加しました。プロではない人が参加することの意義はどういうところにあるのでしょう?
もちろん、プロが塗れば職人たちは均一に美しく仕上げることができます。でも、美しさは均一だということだけではなく、不揃いの良さ、揃わない美学があっても良いと思います。また、土はそれが出しやすいものです。プロでない人が塗るのには、「優しく」「大事に」ということに尽きると思います。一番綺麗になるのは大切につくるということですね。
今回のGOOD CYCLE PROJECTの取り組みには「人間は自然の一部になれるだろうか」というコンセプトがあって、僕も常々「人間は自然の一部である」という思いをもって生きています。
人間も自然の一部ならば、人の動作も人間と自然の間にある。
そう考え、社員の皆さんのつくる壁に「人の動作」を加えることで、プロが均一に塗るのではないデザイン性をつくりだすことを考えました。
ー空間の中に土壁を利用することについて、どのようなところが良いのでしょうか?
もともとは竪穴式住居の頃から、どこにでもある土を使って人は住空間をつくってきました。その後、道具ができて技術が発達し、意匠的なものになっていきましたが、僕にとって意義があるのは、もし100年後、取り壊されることがあっても、土をはがして、そこに水を加えることによってまた新しく塗ることができる。エネルギー0で再生して、また一から作り出すことができるということが大きなことと感じています。
調湿効果や断熱・保温の効果など色々とありますが、視覚的効果で光を柔らかく感じさせたり、心地よく音を響かせる効果もあります。住空間の中で自然の一部が入ってきたような豊かな感覚を生むことができると思っています。
今後、日本のものづくりや左官について、どのようになっていけば良いとお考えでしょうか?
日本だけでなく、世界各地でも、人間が住む場所には古くからその土地の土が使われ、集落というものが生まれてきました。例えば、南仏の町に行き、綺麗な色彩だと感じるのも、その土地の色が使われ、土地のDNAというものを感じるからだと思います。
日本では、土が使われることも少なくなり、集落性というものが失われつつありますが、その土地の土を使ったものがつくられることで、風土の美しさを取り戻すことができると思っています。
コロナ禍において、自然とのつながりや自然と向き合うことを求める人が増えたような気がします。作り手としても、そろそろ人間は自然の一部として、できることを考えていく時代になれば良いなと思っています。
インタビュー実施:2021年7月 事務職員改修工事にて
SPEAKER
久住有生(くすみなおき)
日本を代表する左官職人として国内外で活躍する久住有生。兵庫県淡路島、祖父の代から続く左官の家に、生まれた久住は、3歳で初めて鏝を握った。幼少の頃から名工な父の下で左官の訓練を重ね、華道の先生である母からは日常生活の中で美意識を吸収した。高校3年生の夏、スペインでアントニ・ガウディの建築を見て、その存在感に圧倒されると同時に、細部まで計算しつくされた建築の美しさを左官でも表現できるのかという試みに挑みたいと思い、左官職人になることを決意。日本各地の親方について修行し、施工経験を積み、2009年、左官株式会社を設立。現在は伝統建築物の修復、復元作業のほか、商業施設や教育関連施設、個人邸の内装・外装など幅広く手がける。また、国内外の展覧会で大型の彫刻作品などを発表し、2016年には、国連日本加盟60周年記念インスタレーションをニューヨークの国連本部で製作した。
個展では、建築の壁とは異なる額装による表現にも取り組んでいる。これらの評価を得て、G7広島サミット2023の会場施工にも携わる。