地域の資源を生かし、森と人の物語を実現する
「循環型経済社会における、個人と建築・都市のつながりを考える」イベントレポートvol.2
Speaker
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株式会社 飛騨の森でクマは踊る 代表取締役社長/CEO
岩岡孝太郎
1984年東京生まれ。千葉大学卒業後、建築設計事務所で勤務。その後、慶應義塾大学大学院(SFC)修士課程修了。2011年、“FabCafe”構想を持って株式会社ロフトワークに入社。2012年、FabCafeをオープン、ディレクターとして企画・運営する。2015年、株式会社飛騨の森でクマは踊る(通称:ヒダクマ)の立ち上げに参画し、2016年FabCafe Hidaをオープン、2019年より現職。
淺沼組名古屋支店を拠点にして、「建設業から循環型社会を目指す」ことをテーマに循環型社会に向けての実践者を招き、つながりと共創を生むことを目的としたトークイベントシリーズ。2回目となる今回は、名古屋支店が昨年『crQlr AWARD 2022』アーバニズム賞を受賞したことを記念して、アワードを主催する株式会社ロフトワーク協力のもと「循環型社会における、個人と建築・都市のつながりを考える」を開催しました。
<イベント詳細ページ>
循環型経済社会における、個人と建築・都市のつながりを考えるー『crQlr AWARD2022』受賞記念イベント開催
<前回の記事>
素材との向き合い方から、循環をデザインする
「循環型社会における、個人と建築・都市のつながりを考える」イベントレポートvol.1
今回のレポートでは、ゲストスピーカー飛騨の森でクマは踊る(通称ヒダクマ)代表の岩岡孝太郎さんのプレゼンの様子をお伝えします。
持続可能な森づくりと街をつなぐ、人と森との関わり
ヒダクマは岐阜県飛騨市古川町を拠点に、森林の活用に取り組みながら家具や空間のプロデュース・設計・製作や、人と森をつなぐ体験のデザイン、地域資源を生かした街づくりに取り組んでいます。2015年、株式会社ロフトワークと全国の林業を起点とした地域のプロデュースをする株式会社トビムシの民間2社と飛騨市の自治体により、官民一体となって設立。飛騨の四周を囲む広葉樹の森の活用・循環・価値創造に取り組むことをミッションに掲げています。
今回はヒダクマの代表の岩岡孝太郎さんに、事例を紹介していただきながら「地域の資源を生かした、人と森と都市との関わり方」について話を聞きました。
広葉樹の森の新しい価値の創造に取り組む
飛騨市は面積の約93%を森林が占め、そのうちの68%が広葉樹の天然樹林というのが特徴。豊富な森林資源と、古くから「飛騨の匠」と呼ばれる高い木工技術を持つ職人の技が地域に根付き、家具の一大産地を築いてきました。しかし、近年はこれまでの伐採により家具に使える大径木の資源が減少し、全国的に生産される広葉樹林の中で家具や建築の用途で使われるものはほんの5-7%しかなく、残りの90%以上は、紙の原料であるパルプやチップ材として、安価に出回ってしまうのが現状と言います。
なぜ、広葉樹の木材の活用ができないのか。岩岡さんは、飛騨の森の木材について3つの特徴をあげています。
「1つは「小径木」であること。70年ほど前に伐採され、そこから天然で更新されてきたため、家具のマーケットで使える木が少ない。そして、2つ目には、山が急峻で冬の積雪が多いため、木が曲がりながら育ってしまう「曲がり木」であること。製材所で板にするときにまっすぐな面が取れないので、家具として使えないという評価です。3つ目には、人工林として人が植えてきたものではなく、天然更新されたため「多樹種」であること。そこに行ってみないと何の木があるか分からない。雑多すぎて、家具として効率よく扱うことができません。
広葉樹は美しいため、家具になると価値がある。チップになると、雑木と呼ばれて安価に出回り、価値の低いものとして扱われてしまう。つまり、広葉樹の森の木はほとんどが価値の低いものとして扱われる。でも、それが、『本当にそうなのか?』というのがヒダクマの問いです」
そこで、ヒダクマは「森は木材ではない」という考えで、一般に利用価値が低いとされる広葉樹の森の新しい価値を創造するための活動に取り組んでいます。
この地域で育まれてきた、暮らしとともにある森の循環を取り戻す
「建築でもコンクリートや鉄に変わる材料として、木材の利用が進められています。なぜ木を使うのか、ということに関しては大きく3つ挙げられます。1つ目には、人間が育成できるほぼ唯一の資源が木材であり、繰り返し、再生していけること。2つ目は、木が他の素材に比べ、温熱環境の良さや紫外線の吸収、調湿性が高いなど、科学的・心理的な作用をもって、人の健康にも効果的であること。そして、3つ目には、地方で育った木を木材として活用することで、その木が吸収した二酸化炭素を都市部において木の中で固定しておくことができる、都市の中に二酸化炭素を貯蔵する機能をもつことが挙げられます」
岩岡さんは木材利用促進についての木の特性について説明をした上で、「木は、そうした木材としての役割でのみ評価されるものなのか」と、疑問を投げかけます。それが、前述の「森は木材ではない」という前述の思いとつながります。
「現在、SDGs、サーキュラーやサステナブルと色々と言われているなかで、人間にとって木の都合の良い側面だけが切り取られている気がする。そういった木の特性があることは理解する一方で、それだけでは、木を見て森を見ずな気がします」
「そもそも木は、生活の身近なところにあったはずです。木や森との付き合いの中で文化や営みが育まれてきたのではないかという思いがある。飛騨の地域は森に囲まれていて7割近くが天然の広葉樹林で、広葉樹林を伐採する林業があり、大工、木工職人がいて家具産業が昔から栄えてきました。
木工するとおが粉が出て、そのおが粉を持って地域の牛舎に行くと、牛の寝床になる。牛の寝床は糞尿と混ざり、肥料として畑に行って堆肥となり、美味しい野菜が育てられる。森から街をつなぐのが、川の水で、水が流れ、森や畑で取れた山菜・野菜の恩恵を受けながらこの街に還元されていく。そして、また森へ戻る。森を起点とした循環が行われている地域が飛騨であり、私たちの祖先、私たち自身は森との付き合い方を知っていた。森を畏れることもそうですし、森から始まる文化を持ち、商いにつなげる経済圏を持っていました」
「森の中にある植物たちがそれぞれどんな役割を持っているのかとか、木材だけではない森の恵みの享受の仕方を知っていなければ、僕らが本当の意味で森と向き合うことはできないのではないか。森を起点とした地域の循環があり、森との関わり方を暮らしの中、文化の中からもう一度捉え直す必要があると思っています」
毎年森を更新させていくことができていた時代を経て70年ほど前、日本の林業が衰退し、外国から木材が入ってくるようになると、自分たちの周りの資源に目を向ける必要がなくなり、手をかけてこなくなってしまったのが現状と言います。
「一度、人が手をかけた森は自然に戻ることはない」これは、どこの地域でも林業に関わる人たちが口を揃えて言う言葉。人が森と向き合い続けなければ豊かな森林資源を守ることはできず、森は荒れ、自然災害を引き起こし、また美しい姿に戻すには大変な時間をかけなければいけません。
「実は、すでに森と人は相互依存関係にあると言え、継続的に関わっていく必要があります。そして、この時代に森と関わっていくのなら、よりサスティナブルでよりサーキュラーなものにつなげていきたい。そのためには、昔からあった文化的なつながりや、経済的なつながりを参照しながらより豊かな関係にしていきたいと思っています」
多様性のある森と人の多様性を掛け合わせて、人と森のつながりをつくる
では、実際にヒダクマはどのように人と森との関係性をデザインするのか、事例を紹介していただきました。
「多様性の高い森と関わるためには、人の多様性をもって掛け合わせたい。森を建築的な視点で見る人もいれば、料理家、研究者としてこの森を見る人もいて、僕が見る森とあなたが見る森の捉え方も違う点が面白い。森と関わりを持って、何か挑戦をしたいという思いで訪れる人たちが、ワクワクしながら森を再発見できる。ヒダクマは、そうした『開かれた森』に飛騨の森をしていきたいと思っています」
淺沼組名古屋支店の「Forest Bank Table」はデザイナーの狩野佑真さんにヒダクマが製作協力。狩野さんが飛騨の森に入って集めた材料と名古屋支店の建材に用いた吉野杉の端材を合わせて、テーブルの天板をつくりました。
朽ちそうな木や、樹皮、木の実など、狩野さんが見つけた、この森の宝物。
人と森、都市と飛騨をつなぐ機能を強化する『森の端オフィス』
最後に、岩岡さんからは2022年の8月に完成したヒダクマの新しいオフィス「森の端オフィス」の紹介がありました。
「改めて飛騨の地域を見てみたときに、現代的な暮らしをしている人たちが、近隣の森と接続している暮らし方をしているかというと、必ずしもそうではない。古い街並みはそのままの良さが残るものの、郊外に目を向けると、風景として森との接続を感じられないのは少し寂しさがありました」
そこで、ヒダクマは森と街との境界線上に、人と森の接点となる場所をつくることを計画。製材所や集材所のあるところを広葉樹のまちづくりの中心地というエリアとして考え、その中に地域内や地域外から来た人が森に入る前にアクセスできる場所を提供するのが森の端オフィス。
「この地の人々が、森とつながり、循環して育んできた営みや風景をもう一度描き出そうとしたプロジェクト」と岩岡さんは言います。
森の中に入り、原木から木を選定して板にし、主構造は全て広葉樹でつくった建築で、躯体・家具・建具・仕上げ・断熱材には全て飛騨の広葉樹を活用。
「使えない変材は割り箸に、その割り箸を削るときに出るかんなくずは断熱材に、と言うように、ほぼ100%、この森から出てきた木を使ってオフィスを完成させました」
また飛騨市は、この数年間で自治体や林業に関わる人たちで取り組んできたことをまとめ、自分たちの自治体が抱える森に手を入れ、持続可能なものづくりができるようにガイドラインを策定し、公表しています。
(飛騨市広葉樹天然生林の施業に関する基本方針の公表 https://www.city.hida.gifu.jp/soshiki/20/47123.html)
「後世や、地域内の他の事業体や日本の森林の約半分を広葉樹が占めることから別地域でも活かすことができるように、知識の共有をすることも重要」と話す岩岡さん。
そして、ヒダクマと官民合同の取り組みにより、2015年のヒダクマ設立時には地域内では5%ほどの木しか家具用材にならなかったところが、最新の数字だと19%ほどに活用が高まり、成果が生まれていると言います。
ヒダクマの活動は、「飛騨という地域をリサーチし続けること」と話す岩岡さん。
「興味を持って下さった人や企業の方とともに、『森から始まり、森に還るをデザインする、ということを考え続けています。実現するために、飛騨地域の林業の川上の方から川下までの方、森林組合、製材所、大工さん、職人さんとコンソーシアムを組んで、その物語を形にしていく。飛騨の森の広葉樹でできる全てを形にしていくというチャレンジをし続けたい」
吉泉さんの東北リサーチ(イベントレポートvol.1 「素材との向き合い方から、循環をデザインする」)と、今回の岩岡さんの飛騨での取り組み。東北と飛騨という離れた土地ながら、その思いはとても近いものを感じ、地域の中、長い年月で育まれたものの価値や思想・文化を今に取り戻そうとしている気がしました。
吉泉さんが、東北でマタギから聞いたという、「山を見て、『自然』とは言わないな」という言葉。私たちは、自然の一部であったときには、「人と自然」と対峙するものではなく、そこにあるのは、山河であり、草木や花という身近なものであったように思います。そして、続いて今回のトークでは、まさに岩岡さんから、身近にある飛騨という森に対して、ひとつひとつの木、多様性のある森の中に入り込み、人々の活動とどのように関わっていけるかということに挑戦している姿を感じました。
続いて、イベントレポートvol.3はクロストークへ。ロフトワークの宮本明里さんをモデレーターに、ゲストスピーカーの吉泉聡さん、岩岡孝太郎さんの2人に加え、淺沼組名古屋支店改修の担当者、山田幸一さん(施工)と岡崎紗矢さん(設計)を交え、実際に名古屋支店改修に携わった当事者としての感想や、人と地域と自然のつながりを生む建築の役割について話を進めます。
特記なき写真 撮影:松千代
テキスト:さとう未知子